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7月12日以降しばらくマシャに逢えないから、悔いのないように楽しもうと心に決めていました
そんな気持ちで参加したライブ、本当に本当に最高でした
大好きなマシャを目の前で見られて、幸せな時間を過ごせました。
これでしばらく頑張れそう!と思っていたら、
ライブ終盤で代々木での追加公演決定が発表されました。
まだ予定が分からないけれど行けたらいいなぁ

もう1つ嬉しかったのは、私は花道寄りの席だったのですが、大村克己さんが声を掛けて下さいました。ウイングハートを「どうぞ」と言って渡して下さったので、「ありがとうございます。あの、大村克己さんですか?」と聞いたら、頷いて「お疲れ様」と言って下さいました。
大村さんが手渡しして下さったウイングハート、大切にしたいとおもいます!


以下はレポです。
ネタバレあり。


17:05開演

♪衣装
白のロング丈ジャケット、白に近い薄グレーのTシャツ(武道館の時のグレーバージョン)、白いボタン付きベスト、シルバーのパンツ、白いブーツ
右手の人差し指に赤いリング、左手にパンツと同じ素材?のブレスレット、ピンクとグレーっぽい紐のようなブレスレット

♪セットリスト
群青~ultramarine~
ON AND ON
HELLO
それがすべてさ

「逢いたかったぜ、横浜!帰って来ました!まずは、逢って直接お伝えしたかったことですが、アルバム「残響」1等賞いただきました。ありがとうございます。皆様のお陰です。もちろんアルバム「残響」の曲もやらせていただきますが、20周年突入のツアーということで新旧取り混ぜてやっていくので最後までよろしくね。今日は横浜4Daysのラストです。悔いのない1日にしたいと思っています。最後までじっくりゆっくりたっぷり楽しんでいって下さい、横浜。」
ここで座席確認も行いました。「SS、SB、立ち見、スタンド、アリーナ、センター」と呼び掛けていました。

「新旧取り混ぜてと言いましたが、まずは福山のライブに来たからには聴いておきたい、お馴染みの2曲を聴いて下さい。」

IT'S ONLY LOVE
milk tea

出席確認
①「福山のライブ、以前も来たことがありますよという方?」「初めての方?」を聞いていました。
②どこから来たのか?「先週さいたまでのライブではほとんどの人が埼玉から来ていました。僕の予想では東京からの人が多いと思っていたので意外でした。今回は神奈川が多いのかな?」と言って、関東各県を調査しました。東京・神奈川がやっぱり多かったです。
③性別の確認。女性に対しては「女性大好き、福山です」、男性に対しては「男性も大好き、福山です」と。
④年齢の確認。「毎回この話をすると、1万5000人の空気がよどみます。大丈夫です。すぐに終わります」みたいなことを言って「私は若いですっ!」という人を聞いていました。

「暑いね~でも暑い時にはこれがあるよ」と言い福タオルを使っていましたが、マシャのタオルは「デコちゃって汗を吸わない」そうです。
「そんな時はこんなのもあるよ」と○福扇子で扇いでいました。

survivor
phantom
幸福論


「残響」という言葉は故郷長崎で開催された写真展でも使いました。マシャは故郷での想い出を映像としてだけでなく音としても記憶しているそうです。「外国船の汽笛だったりチンチン電車だったり、そういった故郷の音が歌に繋がっていたと思います。」のようなことを言っていました。
「残響」発売を記念して、「残響」を作った福山雅治という人物はどんな音楽体験をしてどんな青春を送ったかというのを写真で振り返りました。題して、「福山残響写真館」
①中学時代はブラスバンド部に所属していたそうです。部長を務めていたそうです。男子部員は3人だったそうです。当時の写真が公開されました。マシャはホルンを吹いていました。「皆中学生らしく坊主だったり特に加工していなかったり爽やかな髪型の中、僕だけいじっている、パーマ風に。」と言っていました。ブラスバンドの他にロックバンドもやっていたので、髪型にこだわりたかったのだと。中学は校則が厳しく、「刈り上げ、前髪は眉毛より上」と決められていたそうです。校則に従わず自由に髪を伸ばしていたら、卒業アルバムの撮影前日、生徒指導の先生に呼び出され「福山、お前はその髪型で卒業アルバムに映るつもりなのか?」と言われ…髪型が坊主になってしまったそうです。卒業アルバムの写真も公開されました。「面影ありますか?」と聞いていました。「ある~」と叫ぶと「そうですか、20年でだいぶ伸びたね」と髪を触りながら笑っていました。最後は「今でもバリカンの残響が聴こえてくるようです」とまとめていました。
②中3の卒業ライブのときの写真。体育館にて。新体育館の落成式でライブをやったそうです。「日の丸をしょっているように見えますが体育館だからです。僕に偏った思想があるわけではございません」と言っていました。ギターを弾いたそうです。ルックスがどこかU字工事にそっくりで、写真に「ごめんね、ごめんね~」という吹き出しが装飾されていました。
③高校に入ってからは、順調に髪を伸ばしました。ところが、高3の時にまたまた悲劇がありました。実は校則で禁止されていたバイクの免許を取得が学校側に見つかってしまい、停学処分になってしまいました。そして…それが卒業アルバムの撮影の直前でした。そのため、また…。中途半端に坊主です。卒業アルバムの写真が公開され、これにも「ごめんね、ごめんね~」という吹き出しが装飾されていました。マシャは「さらにU字工事さんに似ている」と言っていました。ここで、誰かが「変わってないよ~」と叫ぶと、「いや、変わってないのは逆にショックですよ」と笑っていました。
④またもや夢も頭も刈られた僕は、親を安心させたくて就職したものの3ヶ月で退社して上京しました。武道館でサラリーマン時代の写真を公開したところすごい大反響だったので、ということでまた見せてくれました。「わーっ」という歓声が沸き起こりました。働きぶりはと言うと、上司には「営業行って来ます」と言って、営業の車で海に行って、ぼーっと海を眺めていたこともあったそうです。
「ギタリストになりたいという夢とは違った形ですが、気が付いたらドラマや映画に出ていたり、CMに出ていたり、そして今こうして横浜アリーナという大きなステージに立てているのは皆さんのお陰です。ありがとうございます。」とお礼を言っていました。

ながれ星

次の歌が「旅人」で歌う前に曲解説がありました。
旅人というのは、上野樹里さん主演、岸谷吾朗さん監督の映画キラー・ブァージンロードの主題歌です。「アミューズには岸谷さんに頼まれたら断れないという風潮がある」みたいなことを言っていました。かつて岸谷吾朗さんは三鷹の方で暴走族に所属しており、「三鷹の吾朗」と恐れられていたそうです。吾朗さんのことを恐れて、犬や猫も避けて通るくらいだったそうです。「あ、こうやって岸谷さんの過去を暴露したことをミクシィとかに書かないで下さいね~今はインターネットの時代ですので、怖いですよ」と言っていました。


スポットライトでステージが明るくなると…
マシャは濃いピンクの上着を着ていました。

ここで、化身1等賞のお礼をしていました。武道館でも言いましたが、これは今年いっぱい言わせていただきます。10作品の一等賞を獲得した男性ソロアーティストは田原俊彦さん、近藤真彦さんに続いて史上3人目です。そしてこれは武道館では言いませんでしたが、作詞・作曲をする男性ソロアーティストでは初めての快挙だそうです。

「1等賞に導いてくださった皆様にそろそろ熱いビートでお返ししたいと思います。この流れからいくと、次はタオルを使う曲と思われるかもしれませんが、違います。後でやります。MCの構成が悪いなとは思うんですが、ごめんなさい。でもそれに負けないくらい熱い曲をやらせていただきます。化身は後でやりますから…」

99
Peach!!
(尻ヅラがまた進化しました。左側に赤い字で「桃」と書かれ、しめ縄風に紅白のふんどしを締めていました。)
「これ、本物のお尻じゃないですからね。そう言うとがっかりされる方もいるんですけど…違いますよ。今日はしめ縄風に紅白のふんどしを締めてみました。ここまで来たら、もう恥ずかしくないでしょ?今日は叫んで良いんですよ。まだまだ盛り上がっていこうぜ、もっと熱くなろうぜ、横浜!」みたいなことを言っていました。
Gang★
HEAVEN
追憶の雨の中
化身
想~new love new world~
明日の☆SHOW

「今年の2月に40歳になって、この年齢を迎えて命について考える機会が増えていっている気がします。僕が命を身近に感じられるのは、自分の手を見た時でした。自分の体、性格は両親・お祖父ちゃん・お祖母ちゃんと繋がっているんだなと感じます。東京に出てきて22年になりますが、今でも自分が選び歩んでいるこの道に時に迷い不安になったりするんですけれど、自分の受け継がれた体の中に背中を押してくれる道標となる人がいることを支えに歩んでゆけたらと思います。そんな思いの中から出てきた曲を聞いて下さい。」というようなことを話して
道標

マシャとメンバーが一旦ステージから去りました。


グッズの「f」Tシャツに着替えて再び登場。「f」の縁をスパンコールでデコっていたみたいでキラキラしていました。

KISSして

「今日は皆様に大切な話があります。まだどこでも言っておりません。このツアーを名古屋まで駆け抜けたあかつきには、9月に…け、け、けっ。9月に…け…け。9月に名古屋まで駆け抜けたあかつきには、け。…決定しました!名古屋まで駆け抜けたあかつきには、9月に代々木第一体育館で追加公演やります!9月23日(水)、24(木)、26(土)、27(日)です。23日は祝日ですから、皆様来られますよね?24日も平日ですが、来られますよね?26日、27日は週末ですから来られますよね?」

18~eighteen~

「KISSが上手で声が大きい」とまた褒めてくれました。
最後にメンバー紹介をし、「今回のツアーは僕のキャリアの中で最大規模のツアーです。こうやって横浜アリーナという大きなステージに立てているのは、こうやって集まってくれる皆様のお陰だと思います。まだまだ始まったばかりのツアーですが、9月に東京に戻ってきます。その時にはもっと歌やステージや演奏が磨かれて進化していると思います。9月にまた逢いましょう。今日は本当にありがとうございました。」とというようなことを言って、メンバーと万歳。

メンバーは去り、マシャだけが残りました。

「マシャー、マシャー」という歓声がなりやみませんでした。
「いいんですよ、今日は叫んでいいんですよ。『マシャ』でも『雅治』でも『福山』でも、何でも叫んでいいんですよ」と言ってくれました。「マシャ、大好き~」という叫び声が聞こえると、首を2回縦に振って頷いていました。
「KISSが上手くて声がでかい…いやらしい人たち~」と笑っていました。
マシャが前を向いているときは前の人が叫んで、後ろを向けば後ろの人が叫んで、横を向けば横の人が叫んでいました。その状態について「いつまで続ければいいの?完全に遊ばれている」と笑っていました。


「分かりました。KISSが上手くて声がでかい横浜…もう1曲やらせてもらいます。」というようなことを言って、アンコールに応えてくれました。
アンコール決定後も、歓声がなりやみませんでした。
「ちょっと待ってね。ギターの音が出ないという機材トラブル…」とマシャ。
「え~」と言うと、
「皆お腹空いているでしょ?そろそろお風呂に入ってシャワーを浴びたいでしょ?月曜日からまたお仕事でしょ?」と言っていました。
まもなく無事音が出るようになって、最後にもう1曲歌ってくれました。

今夜、君を抱いて

「横浜アリーナで初めてライブをやったのは1995年でした。デビュー当時、僕は第三京浜の川崎インター付近に住んでいました。デビューして間もない頃は、まだあまり忙しくなくて曲作りはしていたんですけれど、煮詰まってしまったりして、そうした時に気分転換で何度か車で横浜アリーナを訪れました。」外から横浜アリーナを見て「いつかこういう大きな場所でライブをやりたいな」と感じたそうです。「まさか20年経って40歳になって、こうしたツアーが出来たり1等賞をいただいたりするなんて当時は想像出来なくて…いつも、想像もしていなかった世界へ連れて行ってくれる皆さんに本当に感謝します。本当にどうもありがとう。」というようなことを言っていました。

最後にまた「今日はどうもありがとう!また9月に逢おう!」とお礼を言い、投げKISSをして、マシャはステージから去りました。

20:23終演
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